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by radius-kenji

言葉

 言葉とは人に渡すものであるがゆえに
受け取る方はそれに傷付いたり、悩んだり、落ち込んだり歓んだり
一喜一憂する。
そこには人間関係と言う関係性が在るがゆえに。

その関係性を自分自身がどういう位置付けにしているかによって
同じ言葉でも一喜一憂の度合いが変わって来ると言う物であろうと思う。






ただ、最近思うのはその言葉と言うのが何処から来ているのか?
本心で言ってるのか、裏返って言ってるのか、その見極めというかなんと言うか。

探求の時に使う言葉で【エゴ】と言う言葉があるけれど。

その発言が発言される側の受け取り如何によっては
エゴにもなるし、愛にもなるんじゃなかろうか?
っと。昨夜思ったわけで。

その関係性の中で使われる言葉と言う3次元のツール。
その言葉と言う音の集合体に関係性とか
その時の状況とか、自分の持っている気持ちとか
そう言った物が複雑に絡み合い
【エゴ】と言う物が出来上がるんではなかろうか?

【その発言はエゴだ】
【あの言葉はエゴだったね】

どちらか一方がエゴって居るかのようではあるけれども。
そうではなくて、エゴも共同創造の上に成り立っているんじゃなかろうか?

エゴかの様に聞こえるその言葉。
聞いている方は不快ではあるけれども。
その不快さは自分が感じているのであって。
相手が自分を不快にさせようとして言っている事ではない。
だとするならば、相手は何を言わんとしているのか?
相手の何を伝えようとしているのか?

考えるとするならば、その辺りだろうと思う。

エゴが悪い訳ではない。
エゴと言う言葉はその状況を表しているに過ぎない。
その状況と言うのを見る。観る事。

自分の軸を保つと言う意味でも
相手の話を聞くと言う意味でも。

大切なことだなと思う。今日この頃。
by radius-kenji | 2007-04-26 17:31 | パートナーシップ